« 2007年10月 | トップページ | 2008年2月 »

2008年1月31日 (木)

HP故障中

アップ中にフリーズしてしまった・・・・・・

修復が難しので、昔ので復活。もう全部ブログに変えた方が楽なのかな?

| | コメント (1) | トラックバック (0)

ドッペルゲンガー

復旧工事の時、何度もラ・ママ〜東急ハンズ間を往復した。何故かその時、もう一人の自分が、そこに居るような錯覚が何度も襲った。激務で道玄坂のホテル街を歩くと、疲労と共に沸き上がって来る激しい性欲が「俺も、もの凄い事したい!!」と私の魂がそこを歩いていたのだろうか?
この世の中には、自分に似ている人が3人いる・・・・とか、自分自身を見たら死ぬとか・・・色々あるけど、どうなんだろう?

私は、もともと変な物が見える。って書くと霊的なもの?と思われるが、斜視なので、目の前正面の映像に斜め横の映像が入り込む事があるのだ。(想像出来ないと思うけど・・・)普段は意識的に眼球を前に揃えている。(普通の人がより目をやる感覚に近いと思う。)で、疲れたり、無意識の時に、どちらかの目が外側を向いてしまう。が、私の様な人間でも、脳みそはよく出来ている物で、利き目じゃない情報を勝手に捨ててくれているみたいで、鏡を見るまで、斜視になっている事に気がつかない事がよくある。

興味の有る無しでも見え方は変わって来るもので、ギターは区別がつくのだが、車とか全部一緒に見える。よくオノチンの車に乗せてもらったんだけど「その先で止めて待ってるから」って言われても、その先に四角っぽい車が何台か止まっていると、もう何だか判らない。トヨタ2000GTはプラモデル作った事あるので判るのだが、残念ながら乗ってる友達はいない。

道玄坂のホテル街で私の興味をそそるものはラブホテルだけだったが、ライブハウスも映画館もある。その時ユーロスペースで公開中だったのが「暗殺・リトビネンコ事件」で、デカデカと看板があったのだ。

Ritoどっか似てない?

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年1月30日 (水)

ZAPPA PLAYS ZAPPA

Zappa2ZAPPA PLAYS ZAPPAを見に行った。生きているフランク・ザッパを見る事が不可能になってしまった今、息子がプレイするフランク・ザッパのナンバーってのは考えただけで結構興奮する。以前イエローシャークのオーケストラが来た時も「バンドじゃないしな〜」とか思ったのだが、実際観ると別にバンドじゃなくてもザッパはOKなんだ、っていうか、ザッパがいなくても十分に成立してしまうものだと思い知らされた。

ドゥイジール・ザッパを見るのは、永ちゃんの「エニータイムウーマン」武道館以来、15〜6年ぶり、その時はヘビメタ兄ちゃんって感じだったと思う。「どんな曲やるのかな〜」ってドキドキしてたら、いきなりブラック・ナプキン!よく判らんかったけど、フランク・ザッパのギターに同期させて演奏しているみたいだ。滅茶滅茶艶かしい!

途中スペシャルゲストでスティーブ・ヴァイ登場!上手い事も凄い事も知ってはいたが、とんでもなく凄い!私は指が早く動くギタリストに興味は無いのだが、ヴァイは桁外れに凄い。早い事を忘れてしまうダイナミズムっていうか・・、見た事無いけど、オーケストラのソロバイオリンってあんな感じなのかな?

Zappa1フランク・ザッパの音楽は難解だと思っていた。私の解釈はキング・クリムゾン、イエス等のプログレッシブロックの仲間、それがジャズとかブルースを既成とは違うアプローチをする人、ファンクを既成は違うアプローチをする人、最新機材を上手く使う人、ロックというジャンルに入れるには無理のある人、年代関係なくやたら良い音で録音する人・・・
素晴らしい事は判っていたが、こんなに楽しいものだとは・・・リズム、拍、メロディ、コード感、音として出て来るもの、全てが自由に聞こえ、どんな変拍子も作為的な感じがなく、メロディが、リズムがそれを要求したから、こうなったって思える。っていうか、何故それが頭に浮かんだか?が不思議でならない。

音楽がファッションと結びついたり、サーカスとくっついたり、文化とか思想とか色々混じりあって成立しているのだろうけど、フランク・ザッパの音楽に触れると音楽は最初から、その全てを含んだ物の事だと痛感させられる。音楽は自由だと思う。
コンサート終了後、ケンヤと共にドゥイジールに握手をしてもらう。おっさんが、こんな事ではしゃぐのも自由だと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月29日 (火)

ルイジャア〜ナッ!!

Yazawaもう去年の事になるが、矢沢永吉の99回目の武道館公演に行って来た。相変わらずパワフルで年齢って何だろう?と思ってしまう。
「ウィビレ〜」「チョンビリ〜」「フィギナガ、アマトレッ!」と意味不明なフェイクを入れながら歌う永ちゃんは、理解を越えた存在だ。前半は昔の曲中心、カモンベイビー〜キャロルまでの流れは初武道館と同じだと思う。(アレンジは最近のパターンだったけど)

ここら辺でMC「う〜〜ん、何っつうの〜かな〜音楽って凄いよね!歌っていると、あの頃にす〜っと心が戻っていくんだよね!」
MCの流れは「初めての武道館に立った時の話〜今でも頑張り続けられるのは、みんなのおかげサンキュ!ロックンロール!」って組み立てだったと私は思う。
「あの頃俺いくつだったけ?」と自分に言った瞬間に客席から「27!」
「もう自分の事はファンに聞くのが早いな〜(調子に乗って)あの頃好きだった色は?」と言った瞬間に客席から「黒!」
「そうそう!あの頃は全部黒、髪も革ジャンもシャツもズボンもブーツも黒でビッシ〜〜と決めて、ある時は白で全部ビッシ〜〜と決めて、矢沢ハッキリさせてたね、全てをさっ!」
毎度の事だが、永ちゃんMCが脱線するとなかなか戻って来れない。どうやって話を戻すのかな?と思っていると・・
「年を重ねると、変わって来るものでグレーも着る様になりますし、(衣装の柄物のシャツを指して)まざりものも着ますし、今は何っていうのかな〜茶色が好きです。ロックンロール!!」観客「ウワ〜〜〜!!」

この世の中に「茶色が好きです。ロックンロール!」で武道館を熱狂させられるのは矢沢永吉ただ一人だろう。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年1月28日 (月)

ラ・ママ復旧工事打ち上げ

「ラ・ママ復旧工事打ち上げをやろう!」って話があったんだけど「社長を囲んで寒い店内ですしを食べた所で盛り上がりに欠けるのでは?」との意見が多く、ライブをやることになりました。復旧工事に参加した色んなバンドやラ・ママに馴染みの深い連中が、メンバーをシャッフルしてカバー中心にやるそうです。

私は、恭平(G)マティ(B)ケンヤ(D)の4人で自分の曲を5〜6曲(25〜35分位)演奏予定。恭平とは20年以上の付き合いで初手合わせ、じじいならではのガッツリしたロックンロールをぶちかまします。
お忙しいとは思います、平日ですが、是非遊びに来て、復活したラ・ママを堪能して下さい!

Kaze←やる気満々の3人
2月20日 (WED)
LAD(La.mama) IN SHUFFLE !!
〜La.mama復旧作業に集まってくれた仲間達大集合!!〜
出演:Karibow、秋間ツネオ、恭平、武田やすお、kaz、きゆな、サトル、ツヨシ、COZI、Matty、and more!
DJ:HEESEY and more!
OPEN/START 17:30/18:00
前売り/当日 ¥2000/¥2500

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年1月27日 (日)

ラ・ママ あとがき

もうちょっと話があったのだけど、読み返してみたら15で終わるのが良いかな?って思ったので、ここからは、あとがき。
8日の朝帰宅後。部屋には領収書の山があり仮払金の清算とか、まだまだ細かな工事が残っていて、手をつけなきゃならない事が沢山あった。既に普通に空調屋としての仕事が始まっていて、日常生活に戻ったかといえばそうではなく、作業着や体中に染込んだ煤の匂いが、強烈に記憶を呼び覚まし不安になった。工事期間中多くの時間を社長と過ごし、何度も火事の話を聞き、燃えてしまった残骸を見続けるうちに、自分の頭の中にはっきりとした燃えているイメージが出来上がってしまっていたからだろう。

一度頭の中にあるものを吐き出しといた方が良いかなと思い、工事中の事をバーッと書きなぐってみて、そこから業者の悪口を90%位カットし、分割しアップした。現場仕事してない人には判りにくい事が多い文を頑張って読んでくれてありがとうございます。もう少しだけ知っててもらいたい事を書いておきます。

Aoki1青木さんが結構いい額の見舞金を持ってやってきて「金ならもっと集めるぞ!何でもやるぞ!カブキでもラブミでも、ラ・ママ盛り上げる為だったら、何でも言ってくれ、俺は大工仕事出来ないからな、ごめんな・・・・・・・Karibowありがとう」って、私は青木さんの口が「ありがとう」と動くのを始めて見た気がする。青木さんは大体の会話が「ああ」「おお」で成り立ってしまう素敵な人。私も青木さんにノコやなぐりを持たせる気はないけど・・・

グラニー・テイク・ザ・トリップの松尾も見舞金を持ってやってきて、遅くなった事をしきりに謝っていた。あんまり言いたくないが「俺たちしばらくライブ無いから関係ない」って言ってる連中もいる訳で、松尾はいったい何年ラ・ママに出てない?これから先いつ出るの?それでも見舞金持って駆けつける訳だ、松尾って奴は。

Tsuya1サイコ・キャンディの津谷は神経質で楽器を大事にするタイプなのに、修理が間に合わなかった時の為に自分のアンプを「自由に使って下さい」と置いていった。

31日チェルシー〜ラ・ママエントランス間の出演バンド配送の為に集まったバンドマン達。超満になるブッキングなので、みんな出たかったが出演を断られた人達だ。そんなバンドマン達が「まあ緊急事態ですから・・・来年出れるように頑張ります!」って、煤臭い楽屋で、ビル風の強いラ・ママの前で年を越した訳だ。
秋間さん、恭平、ハタボウさん、魔太郎、武田、きゆなとプロの力を発揮した人達。沢山の差し入れを持って来てくれた方々、私の知らない所で協力してくれた方々、今まで私と接点のなかった、沢山のバンドマンが地味だけど重要な仕事をやり続け復旧工事が行われた。
この工事に関わった全ての人が格好良いと思う。関われなかった人達の気持ちは確実にラ・ママに届いていたと思う。ラ・ママは素晴らしい箱だと思う。

ただし、社長が色んな所にブチルテープを貼らなければ・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月25日 (金)

ラ・ママ15

ハタボウさんが照明スタッフと共に照明のチェックが始まる、既に回線はチェックは済んでいるのだが、養生をかけたままの短時間のテストだったので、本格的なチェックになる。予想通り色々な場所から煙やら火を噴き出す・・・・・炭化した物は通電するので接点でショートし火を噴き、ボードを切った時に出る石膏の埃は熱で煙を出していた。

Hataハタボウさんは、何時、誰が、何を、シンプルにハッキリさせてキッチリ進めていく、仕事をする時に頼りになるタイプだ。私の場合正月休みだったので無理出来たが、ハタボウさんの場合、年末年始のイベントで現場仕切ってからラ・ママにやって来て猛烈に働いていく訳で「化け物か!」って何度も思った。
大胆に古い物を捨て、ケーブルを代えてガシガシ作業を進めていく、ハタボウさんも私も、ここにいる大半が明日出るバンドの事を知らない。だけど今出来る最高の形で明日ステージに立たせて上げたいと思っているようだ。
照明の当たりが決まり、ステージにラ・ママの看板が掲げられる。安堵感と共に、この箱にここまで深く関わりを持てる時間があと僅かなんだと思うと胸が痛くなった。

テーブルにビールが並べられて、楽器が運ばれて来る。麗香ちゃんが「ラ・ママ復活ライブ」をやろうって事で近所のスタジオからギターとベースをレンタルしてきた。王子様はどこまでもロマンティックだ。マティも「GIGするっとよ〜」と盛り上がってる。社長がステージに上がり乾杯!私はエビスビールを飲み干す。

Lamam魔太郎、麗香ちゃん、マティと共にステージに上がる。酒を飲んで舞台に立ったのは20年ぶりかな?作業着で歌うのは間違いないく初めて「20th Century Boy」を歌うが、構成が判らなくなって2コーラス後Aメロに戻って来れないまま麗香のギターソロでエンディングへ。
素晴らしい演奏は出来なかったが、これは眠っている可愛い女の子への目覚めのKissみたいなもの。必ず熱いKissをしに来る事を誓いステージを降りる。
魔太郎、麗香ちゃん、マティの演奏を客席で見る。ビカビカに磨いた照明がワックスをかけた床に反射している。

みんながラ・ママを愛している。出来れば自分の手でここを守りたいと思っている。この奇跡の箱に手を入れる事、多くの人達の思いを背負う事が許された濃密な時間が終った。

つづく

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年1月24日 (木)

ラ・ママ14

明日から営業再開。一次工事終了の日。みんな死ぬ程頑張ったので準備はばっちり!って訳にはいかなかった。私は誘導灯屋、警報屋、冷蔵庫屋と次から次にやって来る業者さん達と搬入、工事日程等打ち合わせる。まあ、これが、みんな良い業者さんばかりで、営業に邪魔にならない方法を考えた上での話し合いなので、私は「はい!よろしくお願いします」で事が済んでしまうのでありがたい!とにかく雑工をやっつける。

恭平は、もう火事で壊れた場所じゃなくて、元からボロかった所まで直し始める。私が「そこはもういいから!」って言っても聞く耳持たずで「これっきりの現場じゃないから、嫌なんだよ!」と職人丸出しで作業を辞めない。
PAチームは、ガリとノイズの原因を探る為に、組んではバラし、組んではバラし、これでもか!って感じで作業を続けていた。照明チームは、開店に向けて厨房の準備で、ビールケースをガシガシ運んでいる。「危ないから男衆に頼みなさい」といっても「大丈夫大丈夫!」と準備を続けていた。ハタボウさんは、店内照明取り付け、電源系統のチェック、それが片付いたら照明チェックが待っている。

Hirono魔太郎が会社の人と共にポリッシャー(ウィ〜ンってブラシが回る器具)を持ってやってくる。機材の大移動が始まり、床が奇麗に磨かれていく、まあこんな事がなければ、この床がポリッシャーで磨かれる事はなかっただろう。
奇麗になって、ステップの部分が金色だって始めて知った!雑に貼られたガムテープをみんなが剥がしてる、麗香ちゃんは何度手伝いに来たのだろう?何を頼んでも嫌な顔一つせず「ロンドンブーツナイトお掃除編ですね〜」と笑いながら作業している、作業着も何着も持っていて、着こなしを工夫しているのが格好良い。どこまでも気持ち良い奴、いや王子様だ。

ワックスを塗った床を魔太郎が「ここは歩くんじゃないぞ!」と説明してる横を社長が泥だらけの靴で横切る・・・
そこに居た全員が「やっぱりな〜〜」って顔をしているのが笑えた。
清掃が終わるとマティが「監督!いつものラ・ママの配置に戻します!」と言ってテーブルや椅子を並べ始める。元通りとは言わないが、少しすっきりした何時ものラ・ママの景色が出来上がる。既に深夜だった・・・・

つづく

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年1月23日 (水)

ラ・ママ13

ラ・ママに到着すると床が奇麗になっている・・・・終電に乗り遅れたPAスタッフ岡本が一晩中デッキブラシで擦り倒したのだった。もうスタッフ全員1日の労働時間の感覚が麻痺し、タフになっている・・・The Show Must Go On!ライブハウスのスタッフはこうじゃなきゃ!おかげで煤が殆ど収まって、PA結線が安心して進められる。

楽器電源の引き回しをしていると「おう!Karibowやっとるか〜」悪魔の声がした。シゲちゃんだ・・・・正月休みで東京に遊びに来てたので心配して寄ってくれたのだ。
早速質問しまくると「正解!」「馬鹿野郎!」と相変わらず愛の無い返事だが、流石にビル立てただけあって、躯体との兼ね合いまで詳しく教えてくれた。ここまで来ると、やれる事をやるのではなく、結果の出そうな部分だけを済ませる事が大事。私なりに考えた事を「あ〜無駄無駄!」と否定されると安心出来た。
作業を再開すると段取りの悪さを直ぐに怒られる。この関係は不変なのか・・・・・・
「正解」の通称「Karibowハッチ」を武田が作り始める。スタッフ、バンドマンが開店に向けてガシガシ働く。私は細かな雑工をとにかくやっつけて行く。

PAチームが結線を終わらせ、いよいよ卓に火を入れる。河本が電源を入れようとすると石崎に「おい!チーフが入れるんだよ!」と怒られる。みんな頑張ったんだから、誰でも良いじゃんって思うのだが、これは重大な儀式みたいなもの、卓電源入れるのに、こんな緊張感がある事って二度とないだろう。

チーフ西尾が電源を入れる。101Vが表示される。安定しているみたいだ・・・以前は98位で揺れていたから一応の改善は出来たようだ。河本、岡本、西尾、石崎が無水エタノールで磨きまくった接点と煤と社長の大好きなブチルテープの汚れを拭きたおしたケーブルを信号が流れ、パワーアンプが駆動し、約2週間ぶりにJBLが振動し、ラ・ママが眼を覚ます。って思ったら、めっちゃガリがある。(音がバリバリ歪んだり、途切れたりする事)まあ、マジンガーZですら最初はスムーズに動かない訳だし・・・・

Zappa細かくチェックし追いつめていく、1時間半位過ぎるとCDプレーヤーがセットされ石崎から「Karibowさん、そろそろ行けます」と声がかかる。この復旧工事が始まった時から、ラ・ママで最初に流れる音楽は私が決める事にしてあった。何にすべきか色々と悩んだが、フランク・ザッパの「Watermelon In Easter Hay」を選んだ。ティラノザウルの登場SEに使っていた曲だ。

みんなに作業を中断してもらう。ザッパのナレーションが響くとデバイダー(音の帯域を分ける機械)の所でまたガリが出る、西尾がフェーダーを下げてグニョグニョさせる。石崎が「最初からかけ直してあげて」と西尾に耳打ちする。
心遣いに感謝して「爆音で頼む!」と伝える。ザッパのナレーションがイマジネーティブなギターソロと告げるとザッパの乾いたギターが響き渡り、新しく作った壁が初めて音楽で振動する。滞っていたラ・ママの何かが流れだし、ライブハウスとしての機能を取り戻した。

つづく

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年1月22日 (火)

ラ・ママ12

久々業者さんと顔を合わせる、びっしりと防音材が敷き詰められた壁と、何とか水平を保っている天井を見て驚いている。正直「どうだ!見たか!」と言ってやりたい所を我慢して「後は裏だけ貼ってもらえば、こちらで全部やりますから」とだけ伝え、作業をしてもらう。

恭平はもうペンキ屋のレベルではなく大工仕事全般をガシガシやりはじめる。明らかに業者さんより上手くボードを切り奇麗に天井を作り、床をモルタルで埋めて行く。
沢山のバンドマンが助っ人にやってきて、買い物、雑工を当然の様にやっている。申し訳ないとは思ったが、一度は拭き上げた椅子やテーブルを外で水洗いしてもらう。この日も外は寒いがみんな頑張ってやってくれている。

Akimaハタボウは照明スタッフと共にガシガシ作業を進める。出来ればPA電源も一緒に引き回しをしてもらいたかったが、ケーブルがもう無い・・・まあ買いに行けば良いのだが秋葉原とハンズだと値段が倍以上違うのでためらっていると秋間氏がやってくる。
復旧の予定は当初5日だったが、30日の時点で8日に変更。業者がよけいにダラダラ仕事になるのでこの事は秘密にしてくれと頼んでいたのだが、アンプの修理をしてくれてる秋間氏まで秘密にされていた・・・
「なんだよ〜〜5日復旧だって聞いてたから寝ないで直して来たよ〜〜」と笑ってる。秋間氏と軽く雑談、電源の話をすると「秋葉原今日からやってるから送って上げるよ〜」とありがたい言葉、速攻秋葉原に向かう。
ボラン談義は無く、パンタ談義をしながらのドライブ。「あ〜大音量で「ステファンの6つ子」が聞きたいない〜」と思う。

ラ・ママに戻ると社長の奥さんが餅を焼いてくれていた。正月らしいこと何もしてなかったと気がつく。餅を食べている間に業者さん雑に壁を完成させて帰っていた・・・・・
が、片付け一切してない。業者さんには明日から営業って事にしてあるのに。ここで木村祐一なら「考えられへん!」と激怒するだろう、正直はらわたが煮えくりかえる。

Ell1業者の散らかしまくったものを片付け、清掃とPAのセッティングを開始。明日には音が出せるだろうか?っていうか出さないとまずい。ここまで頑張って来たが正直不安だ。本当に防音は大丈夫なんだろうか?
んっ!?なんで私はこんなにライブハウスの構造や防音、遮音、音場に詳しいのだろう?電源の事も照明の事も・・・全部実践的に対応出来るのだろう?
「あ・・・私昔名古屋でエレクトリック・レディ・ランド作ったんだった。」正確には作らされたんだけど・・・・
今考えると不思議で、携帯電話もなく、居候で住まいをで点々としていたのに、何故か改装の度、確実に呼び出され無茶苦茶働かされて、報酬は冷凍のピラフを「おう!美味いだろう、この欠食児童め!」とののしられながら食べるという地獄を味わってきたのだった。とにかく全てがきつい仕事で、判らないと「馬鹿だ、無学だ」罵られながら汚い雑工をやらされ続け、配電盤を覗き込んでいるシゲちゃんの背中を何度も押そうと思ったものだった。
シゲちゃんと話がしたい・・・相談に乗ってもらいたい・・・こんな事を思う日が来るとは思わなかった。

つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月21日 (月)

ラ・ママ11

Sinoライ・ダウンのメンバーと待ち合わせして機材車で島忠で買い物をしてからラ・ママに到着。悪いな〜と思いつ篠崎とラ・ママスタッフ河本に防音壁のグラスウール詰めをしてもらう。この作業は肌にとっても悪く、篠崎は見るからに肌が弱く、ラ・ママの楽屋にいるだけで湿疹が出る超敏感肌。しかも室内でありながら風の通り道なのでもの凄く寒く、足下は瓦礫、ほぼ隔離されているのでラ・ママの復旧を手伝ってる実感ゼロの作業。

遂にハタボウさんと対面、明らかに良い人で不安は吹き飛ぶ。早速方針を話し合うと私と全く同意見。
取りあえず配線を手繰りながら、最悪の場合露出配線も仕方が無いと作業を開始。電気屋経験のあるきゆなに簡単な説明をしてスイッチ配線があると思われるPA卓上部分任せる。

室内配線も大事だが照明の復旧の日程等ハタボウさんと打ち合わせていると、きゆなが「次は?」え?私一人だけじゃなく、ハタボウさんも判らなかった配線を30分程度で解読!凄い!きゆな天才!
Kiyuna私はきゆなを手元程度で考えていたのだが、完全に親方クラスの働きをしている。苦戦しながらもハタボウさんと共に滅茶苦茶な配線をガシガシ整理して行く。
「ロンダルギアの洞窟」は永久迷路さえかわせれば、攻略本があれば簡単なのかもしれない。きゆなは攻略本というよりギガンデスが破滅の剣で死に線を粉砕していくようで痛快な仕事っぷりだった。

なんだが不思議な気がしてくる。恭平、魔太郎、武田、きゆな、常にその日その時に、絶対に必要な人間が現れて問題を解決して行く。ここはやっぱり奇跡の箱なのか?
マティが武田の手元を楽しそうにやっている。武田と恭平の名誉の為にいっておくとボードの張り合わせの汚い部分はマティ作。でも、これで良いのだと思う、沢山のバンドマンやスタッフが復旧の為に頑張って、多少の不具合や見栄えの悪さも記録であり歴史なんだと思う。

篠崎バイトに向かう時間になり壁の裏か出て来ると、首の周りに湿疹が・・・・「しまった!篠崎と河本に飯食わすの忘れてた!」この二人飯も食べずに寒風のなかグラスウールと砂袋詰め続けてくれ8割がた出来上がっている。
河本が「残りは全部ひとりでできます!」と体を掻きながら言ってくれる。
武田は次の日ライブなのに材料が尽きるまで作業を続け、終了したのが深夜4時を回る・・・・

流石に疲れた・・・眠い・・・・・私の睡魔と反比例してラ・ママは目覚める気がした。

つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月20日 (日)

ラ・ママ10

Katumi1かつみちゃんが獣の匂いをさせて半笑いでやって来る。魔太郎は体調を崩しているにも関わらずやって来た。
魔太郎の仕事っぷりはもう判っている。半端な仕事はさせたくなかったし、お客さんに見える場所でもないが、匂いの原因の4割を占めるであろう天井内の煤を取ってもらう為に無理してもらった。工程上の事まで理解して魔太郎は来てくれ、獣を手元に使ってガシガシ作業を進める。

武田は車の手配に手間取り、ちょっと遅れて到着。早速作業を始めるが予想以上に天井はダメージを受けている。
改造、改装を繰り返して来た天井は複雑に絡み合い、何処に力がかかっているのか判らない。
コンクリートに打ち込まれた釘は、砂袋の重さなのか無理な改造のせいなのか、抜けかけていたり腐食したりしている。叩くべきか?力を他に逃がすかを考えながらの作業で順調には進まない。
それでも武田はアンカーを打ち全ねじを吊るしガシガシ木を切って天井らしい形を作り始める。

私は電源経路をたぐる事にした。社長の考えは、「今までの配線は判らないから、全部露出でひき直す」だった。そんな馬鹿な!と思うのだが社長はたこ足配線大好き派。
私の想像では、火事ないしクーラーの撤去で下手側の客電は切断され、生きている上手側客電、トイレ、厨房、入り口、コンセント系統、PA系統を誰かが滅茶苦茶に切断した。つまり火事の被害よりその後の処理によるダメージが殆ど。その後応急用にひき直しした部分はちゃんと経路が書き込まれていて、理にかなっている。つまり判らずにぶっ壊した人間と直しを試みた人間がいる事になる。

元々ラ・ママの音響の欠点は電源だと思っていた。方針として、PA系統はブレーカーを新しくし3〜5系統を2ミリ3芯露出でひき直し、ステージ楽器電源も同じ方法で2〜3系統。安定した形で電源を供給し、システム変更に対応しやすくし、社長の「たこ足攻撃」からPAを守る。客電、コンセント回路も使用目的に合わせて振り分けて、可能な限り露出を避けて、死に線を排除していきたい。

取りあえず配電盤の上の天井を覗きこむが、防音用の砂袋やグラスウールが邪魔で先が見えない。点検口がないのでコンセントをばらしてケーブルを引いたりするが全く無駄。ブルース・ウィリスならダクトから突入して解決するのだろうが映画の様にはいかない。とにかく見たい!天井内が見たい!こんなに強く何かを見たと思ったのは中学生の頃女性の・・・(自粛)
壊しても支障が無さそうな場所を探しPA卓の上の天井を壊す。関係無いが音が変わる。思った通り天井が低すぎて卓の前で音が詰まっていたのだ、ここも改善せねば・・・・
壊した部分から体を突っ込むと見えた!ダメージゼロでケーブルがはっている。上手客電、トイレ、入り口系統、スイッチ回路・・・・これをショートさせて配電盤の上で滅茶滅茶に切られているケーブルをテスターでチェックして行けば判るはず。っが量が多すぎ、死に線多すぎ、ラ・ママのテスターボロすぎ!独り言を言いながら、おぼろげに「ロンダルギアの洞窟」の全容を把握。

私がラ・ママに来てから、この復旧に関わった人間で会っていないのはあと1人。照明チームとの話、社長との会話に出て来る「ハタボウさん」だけだ。私がティラノザウルを辞めて1年後位にラ・ママのスタッフになって2〜3年で独立した照明オペレーターで私との接点はゼロ、電気関係は「ハタボウさん」さんが担当するとの事。
どんな人なんだろう?私の方針を理解してくれるのだろうか?明日が復旧への山場になると思いつつこの日の仕事を引き上げる。今日も深夜だった。

つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月19日 (土)

ラ・ママ9

1月1日もラ・ママに向かうが、鍵の受け渡しを忘れていて、外で待ちぼうけ。カウントダウンライブで、お疲れのマティが鍵を持って来てくれる。新年の挨拶をし馬鹿話をする。「このまま飲みに行きたい!」と思うが、スケジュールの都合で今日中にしなければならない事が沢山あったので我慢し作業を始めた。

「こんな仕事ウンザリだ!もう空調屋なんて辞めだ!」て思う事があり、それはグラスウールを使った作業の時で、今日はとにかくグラスウール三昧。「Karibow頑張れ〜〜」と独り言を言いながら作業し、明日の段取りを考える。
明日から天井の補修にかからなければならなかった。天井内を細かくチェック、ラ・ママの怖い所はチェックする度に新たな問題点が発見される事だったりする。

見れば見る程、ここが奇跡の箱だと思う。社長の思いつきで工事された部分が、箱に修復不能の致命傷を与えながら、遮音し、独特の鳴りを生み出している。
しかし、この復旧工事は社長が東急ハンズで買って来て物で直せるレベルではなく、ユニディやドイトや島忠レベルだと痛感する。「さあ〜どこまで手をつける?」と自問自答すると、誰かが階段をおりる音が聞こえた。

足音の主は紅孔雀の武田だった。
Takedaヒステリックスージースの時からの知り合いで、もう17〜8年の付き合いになる。数年前に解体をやってるって話をしたので力仕事関係で今回も話を振りたかったが、連絡先を知らなかったし、復旧に解体屋は〜って思っていた。
武田は年末のライブが中止になったが、私と同じく小火説を信じていた。復旧が遅れているので心配になりマティに連絡を取ったが捕まらず、とにかく行ってみようって事で寄ってくれたのだ。

軽く経緯を話し「大工が欲しいんだけど、明日から動ける知り合いいない?」って聞いたら。「今大工やってます。俺に手伝わせてくれ!」って返事。しかも明日から動ける!早速車の手配、材料出し、工法等細かく打ち合わせ。
これで大工仕事は任せられる。私は安心して「ロンダルギアの洞窟」に向かった。

つづく

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年1月18日 (金)

ラ・ママ8

大晦日、9時半にラ・ママ到着、おじさんかなり遅れて到着、おじさんの相棒も付き合いで来てくれた。感謝!が、ボードが用意出来なかったので、残りを張って終わりって・・・・・そんな馬鹿な!
速攻大晦日に開いている店に連絡、おじさんと買い出しに、約2時間半のロス。
ダクト、配管が邪魔をして上手く壁が出来ない。おじさん達は防音の事が全く頭にないので、滅茶苦茶雑に作ろうとするので、一々頭を下げて拝み倒して複雑な形を作ってもらう。

この日はラ・ママのスタッフはチェルシーホテルに、店番が1人だけでしかも事務所でラ・ママ〜チェルシー間の配送準備。
昼過ぎから会場か変更になった事を知らないお客さんが結構やってくる。私チェルシーホテルの場所知らないし、変更のお知らせビラの地図が判りにくいし、中には怒ってる人いるし、とにかく頭を下げまくる。

夕方に何とか壁片側張り終わる。おじさん達元気そうだったので裏側の下一枚だけ張ってくれって頼むと、「karibow監督は頼むの上手いな〜」と笑いながら何とか作業してもらい「良いお年を!来年もよろしくおねがいします」と挨拶をすませ、一人きりとなる。
配管の防音、天井の補修、壁の遮音材入れ、最大の難関となるであろう電気系統の整備。もの凄く不安になる・・・
取りあえず手の着けられる雑工をつづける。
カウントダウンライブの出演者達と合うのは何となく嫌だった。やっぱり私もライブがやりたいし、ステージに立ちたい。煤まみれで身を粉にして働いた所で感動は生み出せないが、ステージに立って「ラ・ママ頑張れ!」って言った方が感動的なのは判りきっている。今から祭りをやる人間と顔を合わせた時に愚痴が出るのも格好悪いので、ある程度で切り上げて帰ろうと思うのだが、やる事が有りすぎる。
誰かが階段をおりる音が聞こえた。お客さんだと会場変更の説明をしなければならないので急いで入り口に向かう。

足音の主は森重樹一だった。
ラ・ママには歴史があり著名なミュージシャンとそうではない人達のサインが至る所に書き込まれている。
社長の考えは全てを残したい。全てのサインがラ・ママの記録であり財産。もしサインした誰かがここに戻って来て自分のサインが消されていたらどう思う?ラ・ママは全ての出演者の家であり古里なんだと・・・・
もの凄い正論なんだが、煤の匂いが残る、煤だらけの壁の店を「伝統ですから」ってお客さんを入れるのはどうしたものか?話し合いって壁2面、天井1面以外は塗り替える事になる。
残した壁には森重のサインがあり、その壁を残した意味は森重に伝えてあった。

Morisigeサングラスを取り、軽い挨拶と握手。森重は仕草一つ一つが格好良くディスイズロックンローラーで、作業着がぴったりの自分自身がちょっと恥ずかしくなる。
森重の心は決まってるのだろうし、何をすべきか知っているのが簡単な会話で判る。やっぱり森重樹一格好良い。
「Karibowありがとう」と言い残し森重は歓声の待つステージへと向かった。
簡単な片付けをして私は家路を急いだ。「笑ってはいけない〜」を見る為だ。この時点で私はロックンローラー失格だった。とにかく2007年が終わった。

つづく

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年1月16日 (水)

ラ・ママ7

魔太郎、恭平、マティが声をかけたバンドマンが続々と集まり、作業が始まる。
Mataroこうした作業の時、集まったバンドマン達が「ラ・ママの為に頑張るぞ!」って思えて、横のつながりが出来て、復旧に向かうってのがベストなんだが、私は若い世代のバンドマン全然知らないし、向こうから見ると私は普通に業者のおじさんだったりする。
こんな時はちょっと強面のバンドマンがちょっと怖めに命令するか、上手い指示が出せれば良いのにって思っていたが、魔太郎はドンピシャにはまっていた。
指示の出し方、軽い威嚇、普段力仕事をしたこと無さそうなバンドマンがテキパキと動く。単なる作業になりそうになるとマティがチャチャをいれて場が和む。恭平はラ・ママのスタッフを手元に使って作業をガンガン進めている。

良い方向に向かいつつあるが、私は業者さんとの対応に苦しんでいた。私の感覚では壁一枚立てるのに半日。
それが、全く進まない・・・しかも今日届いた材料が違う・・・・
今日中に壁を作ってもらわないとまずい。業者さんの助っ人に若いお兄ちゃんが来て何とか進みだすが遅い。

色々な作業が進み、一段落付いてみんな帰って行くが、私は業者さんに付いて、あまりに遅いので手元をやって・・・うんざりしてくるが我慢し、お茶を出し、拝み倒す。

やっと骨組みが出来るが、片面だけでもボードを張ってもらわないとまずいが、既に8時を過ぎている。
かろうじて仕事が出来るおじいちゃんが私の事を気に入ってくれているので、ご機嫌を取りまくり、材料がつきるまで作業し、明日も朝から出てもらう事となる。
大晦日をラ・ママで過ごすのか?しかもおじいちゃんと二人きりで・・・・・

つづく

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年1月14日 (月)

ラ・ママ6

作業日誌みたいでバンドマンのブログとは思えないですが、頑張って読んで下さいね!

空調屋さんがやってくる。排気ファンの回転方向を間違えて取り付けた人だ。丁重に挨拶し、経緯を説明し、既に直した事を説明。元々のエアコンを取り付けたのもこの空調屋さんで、ラ・ママの事を理解しているようだ・・・・・
全てを完璧な状態で1月5日復旧は絶対に無理なので一次工事、二次工事、三次工事と行程を分けて、二次、三次工事中でも営業しつづけられるような一次工事を考えている。で、私の中でエアコンは三か四次工事、大まかに設置場所、機種は考えてあり、空調屋さんとはアバウトな話し合いですませる。

その間に、なんと業者さんが煤が取れていない入り口を塗り始める・・・・・・「煤を取ってからにしましょう」と提案するが、足場は今日しか借りていない、社長が塗れと言ったから塗ったとの事。

私がラ・ママにやって来て訳24時間、復旧に携わった人達、これからどんな人が現れるかがほぼ判った。クリアしなければならない条件、順番等も判って来た。とにかく考えた・・・・・
なんかドラゴンクエストみたいな気がして来た。20年前ドラゴンクエスト2の後半、ロンダルギアの洞窟を抜けるのにもの凄く苦戦して以来、辛そうな事があると「これはロンダルギアの洞窟の戦い位厳しい」と言って笑っていた。(当時はみんなやっていたのでそれで話が通じた。)昨日滅茶滅茶に切断された配線を見た時に「これはロンダルギアの洞窟の戦い位厳しい」と十数年ぶりにその言葉を思い出していた。

恭平がやって来る。元デビルスのギターリストで、親しい訳ではないが、古くからの付き合いがあり、キャロルを、エアロをコピーし続けた仲間というだけで、全幅の信頼を置いている。本職はペンキ屋さん、27日の時点で話はついている。
私の考えは早い段階でペンキを塗る事。普通順番は後なんだが、社長、スタッフに復旧に向かっている印象をあたえ、グダグダの作業を続ける業者さんにプレッシャーを与える為に、みんなが頑張って煤を落とした部分を白く塗り、ダメージの少ない黒い部分も手を着ける。
早速恭平と打ち合わせ。ラ・ママは地下室、排気が一系統しか生きていない、近隣の方々への報告、管理者とのリレーションも取れていないので油性を使うのはまずい。水性でなんとかするとの事。
バンドマン同士の会話ではなく、現場の乗りで話は進む、私が不安に思っている煤の事を話し合うが解決策浮かばず・・・・・

昨日マティとの話合いで、清掃業者、消臭業者について調べている人がいるとの事だが、見積もりも日程も取れていないとの事、しかも社長に中途半端な形で話が通っている。まずい・・・・なんとかラ・ママの関係で詳しい人間を探して欲しいと頼んであった。
マティが携帯を開いたまま飛んで来た「Karibowさん!これ!これですよね!」携帯の画面には、廣島のドラマー魔太郎からのメール。「清掃の事ならなんでも出来る。手伝える事があったら連絡くれ!」
私と魔太郎は殆ど接点が無く、よく知らないけど速攻電話。事情を話すと速攻飛んできて、明日から入るとの事。
事態は急展開。ちょっとだけ希望の光が見えて来た・・・・

つづく

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年1月13日 (日)

ラ・ママ5

12月29日
現場監督初日。私がまずすべき事は今入っている業者さんとの信頼関係を築く事。正確には何を出来るか、何を知っているのかを理解する事だった。
丁重に挨拶し、経緯を説明し、プランを話し何を何時までにやってもらうかを話した。が、「材料屋が今日でしまるから無理。材料屋が開くのは7日からだから工事はそれから」との返事。予想した通り厳しい戦いだ。
昨日の時点で、この業者さんがやった仕事は細かくチェックしてある、材料は東急ハンズで買ったものが混じっている。頭は空調屋・・・・確かに私の会社の使っている材料屋も今日が仕事納め・・・・やっぱり工事屋じゃない。
私を含め肉体労働者は、お盆や年末休みたがる、工期が伸びそうな時は、材料屋が休みとの嘘をよく使うので、昨日の時点で材料調達方法は調べてある、私に嘘は通用しない。

材料は業者が手配する事、軽天の柱は専門業者が行う事が決定。これで業者さんが今日やる作業が決まる。
ここが、ライブハウスである事、でかい音が出る事、年明け直ぐに営業再開する事、何一つ理解せずに、昨日まで行き当たりばったりで切ったり張ったりしていた訳だ。恐ろし過ぎる!

PAスタッフがやってくる。機材の運び出しとケーブル磨きを指示するも、運び出す場所が無い・・・・・
201号室は運悪くプロトゥール導入により改装中で、楽屋は31日楽屋で使用するとの事。取りあえず201号室の整理から始めてもらう・・・・・って言うかレコーディングスタジオ後回しにして、テーブルもソファーも捨てるように説得。

全く機能していない排気を調べると、逆回転してる「何なんだこの工事は?」逆相にして排気開始!片肺ながら蘇生。
久しぶりに店内に風が吹くと同時に吸気口からゴミが吹き出すがしばらく我慢。店内に舞い続けるしつこい煤が少しでも外に出せれば掃除の効率も上がるはず。みんなが頑張って磨いた努力を生かさねば。

配管屋さんがやって来た。丁重に挨拶し、経緯を説明し、作業内容を確認すると「天井を壊す作業は今入っている業者がするはずなのに・・・」との事。業者さんと話合い、業者側は「忘れてました」との事。
その間、配管屋さんと相談。一階部分は昔喫茶店で今は飲食店ではないので、使っていない配管が沢山あるはず、それを殺して欲しいと頼むが「一階が改装して、配管繋いだらどうする?そんな工事俺は出来ないね!」と職人らしい返事。
一階とは営業時間がズレているのだが、リハーサルはもろに営業中、もの凄い迷惑をかけているはず、天井内の砂袋の量を減らす分、配管を減らして遮音したいと私は考えていた。
一階部分との接合部分が変形して配管が上手く繋がらない所をバーナーを使って上手につなげて行く。「上手いな〜」と関心。この人なら何か分かるだろうと遮音の方法を相談すると色々教えてくれた。
配管屋さんは短時間で作業をすませて帰って行く。職人のあるべき姿だと思った。
これで一階のトイレが使える様になるのでちょっと安心。ラ・ママは被害者であるが、こうした意味では加害者でもある。現場監督が考えなきゃいけない事は山ほどあるな〜〜

つづく

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年1月12日 (土)

ラ・ママ4

「さて何をしよう?」
音漏れがしない状況を作って、復旧前に音響テストをすませて、煤の匂いを取って、店内を原型をとどめたまま奇麗にして、ライブがスムーズに行える動線を作って、電気の経路をハッキリさせて、照明をつけて・・・・・・
「う〜〜ん」考えても切りがないし、それにどう関わって行くかだ。「関わる?面倒くさい!まず指揮権握ってしまえ!」後から、ノコノコやって来て・・・とか一瞬考えたが、ここに集まっている人間のなかで一番無神経で強引なのは私で、社長にずけずけ物が言えて、誰に嫌われもその後のラ・ママの運営に支障がないのも私だ。

「よし!壁作るぞ!」元々排気ダクトがあってデットスペースだった部分の寸法を計ると出来上がりがイメージ出来た。ほんの少しだけラ・ママが狭くなるが、そこまでお客さんが入るのは年間数回。集客数が減るのは一回あたり5〜6人で、店にたいした損失は与えない。石膏ボード、砂袋、グラスウール、ついでに鉛・・・(鉛は予算的に無理か?)社長の大好きなもので遮音する。この壁にたる木打ち込んでを天井を支えよう。構想はまとまった。

私は未だかつて工事現場を仕切った事がない。責任の無い立場で、こそこそと働いてきただけの半人前のおっさんバイトでしかない。何の根拠も自信もい無いし、しかもまだ何も頼まれてないが、偉そうに全体会議を開く。

たった今考えたプランを話す。理解しろってのが無理な話で、図面は私の頭の中にしかない訳で・・・・
大見得を切って「俺に任せてくれ!」と言うタイミングを計っていると、マティが「ラ・ママの事も工事の事も判っているのはKaribowなので現場監督になってもらいましょう!」みんなぐずぐずの感じで頷く。
これってドラマだと起承転結の承位の所だから、ビシッと決めたかったが「ええ、やりますよ」てなゆる〜〜い感じで現場監督就任。社長から今入っている業者に話を通してくれる事になった。

あの扉に報告に行くっていうか、最後の祈りと協力をお願いした。
私には判っていた。この先この工事に立ちはだかる敵が現れる事を・・・・・・だからまだ鉄くずにならないで、その敵の相手をして欲しいと、勿論返事はない。どうやら私にはスピリチィアルな力が無いようだが、イメージする力はあるようだ。扉がニッコリ笑って私に頷いた。
とにかく、恐ろしく長い28日が終り、先の見えない明日が始まる。

つづく

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年1月11日 (金)

ラ・ママ3

見舞金を持って社長に会う。マティは気を利かせて席を外し二人だけで話すが、15分位話をした所で来客があり中断。
店内に戻り、業者さんと雑談しながら、この人達が何の業者でどんな工事をどんな段取りで進めるのかを探る。話して行くうちに全くのノープランである事、大工でも、電気屋でも、配管屋でもない事が判明。頭は空調屋。年末は30日まで年明けは4日からしか仕事に来ない・・・・・・

照明チームと雑談。火事のあと直ぐに清掃し、機材のチェックと組み直して新しい調光卓のテスト前に東京電力にケーブルを切られてそのままになっているとの事で、次に照明屋さんが来るのが1月3日との事。

PAチームと雑談。とにかく直ぐに復旧との事で準備はしたが、小さい音でというのは出演バンドさんに悪い、もとから音漏れで近所に迷惑かけ続けて来たのにドアも付かない、天井も穴が開いた状態で音を出す訳には行かない。この煤の匂いの中にお客さんを入れる事自体がまずい。復旧の予定が二転三転し今の状態があり、この先の予定もハッキリしていない。
しかも、代機ミキサーは1月20日には返却しなければならなく、その後導入されるミキサーはアナログではなく、デジタルで、年末のこの時期で見積もりすら取れていない。
「んっ!なんでデジタルにするの?」とアナログな人間の私は疑問に思うのだが、現在ではこの規模のミキサーは殆どがデジタルでアナログは超高級品しか存在しないとの事。
「超低音の出ない古いJBLのスピーカーにデジタルか〜どんな音が出せるのだろう?」ちょっとドキドキしてきたが、今はそれどころではない。

スタッフとキッチン内の話を聞く。
開封されは物は全て処分して、後は開店に合わせて酒屋さんが動いてくれるとの事。冷蔵庫、製氷機、ソフトクリームマシーン?等は煤食らっているので駄目らしい。ビールサーバーは生きているとの事。
駄目な物が何故残っているかは、保険屋さんの問題と社長がレンタルだったのか買ったものなのかを覚えていないとの事。

マティと話合いをしようとするが、ひっきりなしに電話がかかってくる。31日に向けての準備対応、復旧後のブッキング等対応で手一杯だ。っていうか、この時期に代わりの会場見つけて、バンド説得して、助っ人集めて、滅茶苦茶働いて来た訳だ。そして、ラ・ママが健在で素晴らしい力を持っている事を31日別の場所で証明する為に頑張っている。今、私があ〜だこ〜だと口出しするのはかえって迷惑になる。


概略は理解した。私は何をしたら良いのかを扉に話を聞きに行く。
ラ・ママのステージに上がる時は、必ずこの扉の前で「ホール内の全ての人を熱狂させれます様に」と祈りを捧げ、立て付けの悪い扉を力を込めて開けるとアドレナリンが吹き出してくる。沢山のバンドが、この前で声を上げステージに向かう姿を見て来た。
火事の時、社長はこの扉を開けて消火しようとしたが、開けられなかったらしい。もしも、その時この扉が開いていたら店内に火が入り被害はもっと大きかっただろうし、社長もどうなったかわからない。
この扉には何らかの結界があるのだろう。そして、この扉は社長とラ・ママを守る事を最後の仕事として鉄くずになった。
「どうしたらよい?何がして欲しい?」と扉に聞いてみたが返事はない。どうやら私にはスピリチィアルな力が無いようだが、衣装もメークも無し、バンドマンでもミュージシャンでもない作業着を着た私にいつもの様に「気合いを入れて開けろ」と言っている様に思えた。

つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月10日 (木)

ラ・ママ2

店内にはかなりの煤が舞っていて、スタッフやバンドマンが色々な物を拭き掃除をしているのだが、煤だらけの床から物を取り、磨いて煤の中に並べている。磨かれた物に養生はかけられおらず、ランダムに清掃するものを選んで歩き回るので、床の煤が舞い上がり磨かれた物に煤がまた舞い降りていた。
なによりも理解出来ないのが、廃棄されるであろう物達が必要なものと同じ場所にあり、明らかに捨てられる煤けたボールペンを磨いている人もいた。
モルタルで波を作った壁は煤を落とさず洗剤を使い、水で洗剤をしっかり流し落としてないので壁に煤が定着してしまっている。表面がつるつるになっているのは、みんなが心を込めて一所懸命に磨いたからだろう。ただ、壁に関しては元々汚かったので・・・・・・

天井や壁には一時的に打ち付けられ、放置された釘やビス、そこに巻き付けられた番線に埃が溜まり、そこに煤が綿飴の様にへばりついている。

楽屋側の壁が応急処置されているのだが、外壁がなんと!むき出しの石膏ボード。木工の天井は一辺が焼け落ちたか、クーラー撤去の際に壊され、天井内に防音の為に置かれた砂袋の重さに生きている梁が悲鳴を上げてしなっている。
天井内を覗き込むと一階部分の汚水管の塩化ビニールが溶けてしまっている。木工の組方が狭く配管の復旧の為には相当ノコを入れる事になるだろう。天井は持つのか?そして煤がどんな方向で流れたのかが判る様に煤の道があった。こいつをやっつけないと匂いは落ちないだろう。

ラ・ママには排気が二系統あり一系統が起動しておらず、モーターベルト全て問題無いのだが、電源経路が死んでいる。もう一系統生きているが全く空気が流れていない。ダクト内で何かが起きているのか?

ガスメータが外されている。この手の清掃でお湯が使えないは痛い。
電気系統は主幹、動力とも無事だ。が、1.6ミリが何の書き込みも無く約60本切断されている。放水後のショートが怖くて主幹を落としてぶった切ったのだろう。これはプロの仕事ではない。電気屋は入っていないのか?
店内は明るく無理すれば営業出来そうだが、殆どがクリップライトと作業灯でフェーダーを噛んでいないので客電としは機能しない。照明は組み直されている。確実に照明屋は来ている。

水道は生きているが、トイレの床から泡が出ている。清掃の際に煤を流しすぎたので配管の状態が悪くなって逆流しているのだろう。って事は雑排水槽は?マンホールを探すと、ドライエリア、楽屋兼一時待機所にコンパネが敷いてあり代理のポンプが突っ込んであった。一応判ってる人が入っているのだろう。
多分ポンプは無事で電源経路だけが死んでいるのだろう。

PA関係は代機ミキサーがあり、養生されている。パワー系のアキュフェーズやYAMAHAは恐ろしくタフなので大丈夫だろう。

作業着を着た人間が3人炭化した天井に補強も入れずに無理矢理柱を立てて持ち上げようとしている。床を叩かず柱位置を決めているので床がきしんでいる。勿論水平も出ていない。
「辞めろ!馬鹿野郎!」と叫びたかったが、誰がどんな経緯で関わっているのか私には判らないので、ただ歯を食いしばって我慢した。
何故私は直ぐに飛んでこなかったのだろう?何故この事態で一番に声をかけてもらえたかのだろう?
自分が情けなく泣けて来た。

つづく

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年1月 9日 (水)

ラ・ママ

12月23日夜マティから電話があり、ラ・ママの火事の事を聞かされる。
「楽屋側から火が出て扉が焼けて店内に煤が入っただけで、年内に再開できるんじゃないかな?」
軽い小火程度?そんな感じの話で、私は「正月休みにエアコンの清掃してやるから感謝しろよ〜」と言って電話を切った。マティは顔が広く色々な事に対処出来るので、私が出しゃばる事はないと、その時は思った。

12月24日会社に事情を話したら「正月休み中好きに使って良いよ〜」との事。ただ倉庫が埼玉県朝霞市にあるので「車の手配やらで面倒だな〜」とか思ったりしたが、ライダウンの機材車で、きゆなに運転手と手元をやらせて、揚げ物腹一杯食べさせとけば大丈夫なんじゃないかな?とも思った。

夜、秋間さんから電話。アンプ類の点検、修理、保険屋さんに出す見積もり作りを引き受けたとの事。男秋間経夫素早く的確な対応だ!
見舞金に付いての話し合いをするのだが、もの凄く正直な話私はあまり金銭的な余裕がない。
こんな時は「社長!今まで本当に世話になったから、これ取っておいて下さい」とか言って100万円くらいポーンって出せたら格好良いと思うし、ラ・ママ救済ライブ!とか言って渋谷C.C.Lemonホール(渋谷公会堂)クラスでガッツリお客さん集めて収益を寄付した上で、ステージからカンパをつのったり何かした上で「これからもラ・ママをよろしく!」なんて事が出来たなら・・・・・・・
それは私じゃなくて大成功したバンドマンにやってもらいたい。

誰か代表して集めるとか、ラ・ママの口座を公開して見舞金を募るとか色々話したが、私が音頭を取ると規模が小さくなるので、それは人徳のある人か大きな動きに発展出来る人間に託すべきだと思い、私が動いてもさしさわり無さそうな人間に見舞金を持ってラ・ママに行くよう連絡する。
みんなラ・ママの事を心配しているのが伝わってくる。

12月25日マティに電話で状況を聞く。
年越しと27日の変わりの会場が決まり復旧に向けて順調に進んでいるとの事。その話をしている後ろで「オーバーホールに出してからじゃなければミキサーに火を入れる(電源を入れるの意味)べきではない!」とPAの石崎の声が聞こえた。「んっ!ミキサー卓も煤を食らったのか?」石崎に任せとけば間違いないので私の出しゃばる事ではないが不安になる。
「んっ?って事は調光卓も煤を食らったのか?」今ラ・ママの照明スタッフは殆どが女性でハードな部分(主電源からの引き回し等)のメンテナンスが出来る人間がいないはず・・・・・・
不安になるが、私が手出しできるものでもないし・・・・・・
26日は会社の忘年会で、27日仕事終わり次第行くと伝えると、その日はラ・ママの人間はいないので28日にして欲しいとの事。

12月26日忘年会
仕事を終え忘年会。ここ数年、新宿のかに道楽で忘年会〜ゴールデン街の「青春」でオーディオのチェックがパターンとなっている。

12月27日ラ・ママ復旧準備
状況が把握出来ていない中で、アバウトにでもスケジュールを切っておくべきと思い、年末動ける人間の確保をしようとするが、無給である事とラ・ママに対して思い入れがある人間でハードな作業を出来る奴は私の周りには意外に少ない事に驚く。
念のため近所の飲み屋友達の大工に事情を説明してスケジュールを借り抑えする。この場合お金が動くのでどうしたものか?とも思ったがラ・ママの為なら動くしかなかった。

12月28日
もの凄く下らない事なんだが、今年の正月休みは、アナログ音源のデジタル化の作業を「あ〜でもない、こーでもない」しようと思い色々なパーツを買い揃え、CDのラックを木工とアクリル板で作ろう!とアクリル加工は業者に頼んで既に出来ていて、木工の構造も頭の中にあったので後は正確な寸法を出すだけで、楽しい正月になるはずだった。

年内最後の仕事を終えラ・ママに向かう。大島ラーメンを過ぎて坂を上ると直ぐに火事後の匂いがした。
「既に4日経過しているのにこの匂いは小火じゃなかったのか?」急いでラ・ママに入るとそこに恐ろしい地獄があった。

そして一番恐ろしい事は、今ここが地獄だと気づいているのが私一人だった事だ。

つづく

| | コメント (3) | トラックバック (0)

« 2007年10月 | トップページ | 2008年2月 »