2009年10月 2日 (金)

ザ・ビートルズ(リマスターステレオ)が届いた。で、早速聞き比べ。
私のシステムは、CDプレーヤーがマランツCD5001〜プリがオンキョウインテグラP308〜パワーがアキュフェーズP-11(RCA結線は全てモンスター)でベルデンのスピーカーケーブルでJBLスタジオモニター4425につながっている。
スピーカーエッジを自分で鹿革に張り替えたせいなのか低音が若干だらしない。そのせいなのかベースのパートが良く聞こえ、家に遊びに来るベーシスト達は「え?これ何?リマスター?」とか誤解する。
つまり家のシステムは精密な再生装置ではなく、当てにはならないがそこそこに楽しめる程度のシステム。

アビーロード/サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド
ぱっと聞くと凄いのだが、旧盤と聴感場のレベルを揃えて聞くと「もの凄く期待が大きかったせいか、ビックリする程違わない」ってのが正直な感想だ。
細かな所を探せば効果音、、ストリングス等は存在感があり、細かなニュアンスが浮き上がり、ドラムはスネアロールがハッキリ聞こえ、フロアータムが埋もれる事なくリンゴの凄さを再確認・・・・
ある意味、悪い所が一つも見当たらないってのも正直な感想だ。
あまりに聞き込んだアルバムは、脳が勝手に足りない部分を補足していたのだろうか?

ラバーソウル/リボルバー
Bbox私の好きなアルバムの順番はアビーロード/サージェントが同率一位、僅差でザ・ビートルズ/マジカル(マジカルをアルバムと考えるか置いといて)でラバーソウル/リボルバーと続く、つまり圧倒的に後期の作品が好きでラバーソウル/リボルバーはサージェントへの移行途中と考えていた。
こうした偏見を持って聞いていたので「本当はもっと装飾を施したかったのでは?」と思っていたが、実はバンドとして、演奏が一番充実していた時期なんだろう。オーバーアレンジ無しで表現出来る限界の演奏がビッシリ詰まっている。「最初から装飾はいらなかったんだな〜」と痛感。現代の音とすり合わせながらも、アナログに忠実であり、より生々しい音に仕上がっているので、バンドザ・ビートルズが体感出来る素晴らしいリマスターだと思う。と同時に「ど〜〜〜してもモノ盤が聞きたい!」と思ってしまう。

ボックス3つ揃えるとポールに「オッス!」って言ってもらえる特典とかあれば買っちゃうな・・・

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2009年9月25日 (金)

録画してあったCNNのマイケル追悼番組を見終えた。私にとって、ハイライトはブルック・シールズのスピーチだった。是非「マイケルジャクソン追悼式ブルック・シールズのスピーチ」で検索して観て欲しい。

マイケル音楽のジャンルってなんだろう?
マイケルから音楽に入った人は特にカテゴライズされる事なく、マイケルの音楽や存在を感じられたのだろうと思ったりするのだが、ソウルミュージックが好きな人だと、マイケルはジェームスブラウンの流れを汲んでいるとか、モータウンの云々みたいな話になる。80年代という切り口で考えるとマドンナやプリンス、バナナラマ位まで仲間になってくる。私位の中途半端な音楽ファンだとマイケルの立ち位置が非常に不鮮明で、一つのルーツを元に発展してきたのではなく、複雑に多くのジャンルが混ざり合ってポピュラーミュージックの肌触りをしている様に思える。私にとってマイケルジャクソンの音楽は「無条件に格好良いもの」ではなく「何かを突き抜けたからこそ格好良い」音楽に聞こえる。

マイケルのダンスってどうなんだろう?
私はその方面全く無知なので、おっさんの戯言として読んで欲しい。ジャクソン5~オフザウォールまでの動きは技術的な事は解らないが、特に新しい物ではないと感じた。当時コーラスグループがボックス踏みながら歌うのは当たり前で、弾き語りでない限り、黒人ミュージシャンは踊りながら歌う事が当然の事だと思っていたからだ。
スリラーのビデオを観た時に「無条件に格好良いもの」ではなく、コミカルな物に思えた。今では格好良いとされている全ての動きや決めポーズも、どこかユーモラスに感じた。チャップリンやフレッド・アステアとイメージが重なったからだ。

私は子供の頃映画が大好きだった。ビデオもDVDの無い時代、映画を日常的に感じるには、映画雑誌やサントラ盤とラジオ位。よく聞いていた淀川長治のラジオ番組で、チャップリンを絶賛しまくるので、豪華キャストの新作と同じ値段の白黒リバイバル映画「モダンタイムス」て観てしまった。先入観を持って映画を観るのは良くないと思うのだが、淀川長治のレクチャーを受けた後のチャップリン作品はどれも面白く、大好きだったクレイジーもドリフも55号も私の中で霞んでしまう程だった。しかし、直ぐに「なんか説教臭いわ!」とチャップリンに飽きて、ドリフの「ふんどし食い草」のがシュールで凄いと思う様になる。

リバイバル映画が新作と変わらず面白事を知ってしまうと大変で、子供のお小遣いには限界があり、外れた時のダメージはデカイ。「あ~カタログ的に沢山の名作が観れる映画があれば良いのにな~」と馬鹿な事を思っていると「ザッツ・エンターテインメント」という理想的な映画が公開された。名作の名シーンが一挙に観れる事「時計仕掛けのオレンジ」のラストシーンのオリジナルを観る事によって「キューブリックの意図が解るんじゃないか?」そんな淡い期待で観た「ザッツ・エンターテインメント」は想像を絶する凄みがあった。フレッド・アステアが超人である事は私でも理解出来て「雨に歌えば」のジーンケリーには心を鷲掴みにされ、今直ぐにタップダンスを習いたいと思ったが、経済的に無理だったので、雨の日の水たまりに必ず飛び込む事で気持ちを誤摩化し続ける馬鹿な少年にしてしまった。

優れた特殊効果やリアルな映像で、真実に見せる事より、はなから「全部嘘です!」と宣言した上で人の心を動かす為だけに、無茶苦茶してくるって本当に凄い事だと、この映画を見て思った。今では当たり前に使われている「エンターテインメント」という言葉を私はこの映画で知り、突出した才能を持ち、高い技術に裏打ちされ、それを行える人を「エンターテイナー」と呼ぶ事だと解釈した。

CNNの追悼番組のなかで、マイケルがフレッド・アステアと電話で話したエピソードが出てきた時に、私の頭の中にあったものが「まるっきり妄想ではないんだな〜」と思え、ブルック・シールズのスピーチを聞いて「スマイル」をベスト盤を売る為の数合わせの一曲だと思っていた自分の馬鹿さに腹が立った。

決して手の届かない遥か彼方に輝く巨星であり、真のエンターテイナーであるマイケルジャクソンが、少年期に同じ様な物を見て感じていた三つしか歳の違わない人間だと思うと感慨深いものがある。

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2009年9月21日 (月)

Yazawado開演一時間前に行って、タオルかTシャツ買うつもりだったけど、グッズ売り場滅茶苦茶に混んでて断念。
ドーム内にも売ってるだろうと、会場入りするも中も同じで、諦めて喫煙所に行くと、滅茶混み、売店もトイレも滅茶混み・・・・・

取りあえず自分の席の確認をすると、とんでもなくステージが遠い。ステージセットを見に一階席に降りてウロウロする。意外な程地味なセットだった。
席について開演を待つ、空席が全く見当たらない程ビッシリ入っているが、7割男で、その殆どがおっさん。薄くなった頭をリーゼントで決めて、それが無理な人はビッシリそり上げている。勿論、私も心の中だけではビッシリリーゼントだ。
開演直前に隣の席にかなり太ったおじさんが座る。熱い・・・・しかもちょっと臭い。ちょっとテンション下がる。

客電が落ちてコンサート開始!アリーナ後ろから永ちゃん登場。ただ歩くだけで、極悪マフィアが世間を笑い飛ばし、威嚇する為に、ド派手な出所パレードを行っている様に見える。
矢沢永吉そのものが、凄い演出であり、オブジェであり、強力な特殊効果に見え「このクラスになるとサーカス的な事はいらないんだな~」と痛感させられる。

席が悪いので3曲位は音がぼんやりした感じ。Take It Time からそれなりの音になり十分に楽しめた。後半「逃亡者」「ピュアゴールド」の時、ハンドクラップが凄かった!「噂の〜」「パンパン!」二階席ってのもあるけど、跳ね返りひっくるめてPAから出てる音よりでかかったし、その風景は壮観だ。


Fsyouwa1アンコールの時に一階通路に移動。こっちのが全然音が良い!しっかり「長い旅」まで聞いて、規制退場に引っかからずドーム脱出!新譜から「トレジャー・ハンター」「kiss kiss kiss」を演ってくれなかった事、MCが脱線しなかった事を抜けば大満足なコンサートだった。


打ち上げで永ちゃんと・・・・ってのは嘘で、そくっりさんのファンキー矢沢さん

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2009年9月15日 (火)

中野には、辛い事があると「成り上がり」を読み直して元気を取り戻す、そんな単純な仲間が集まる店がある。

Eyazawaこの店で、私は「松山さん」と呼ばれている。ボキャブラリーが少ないのか、スキンヘッドは松山千春の松山さんで、この店には松山さんが複数いるらしい。
で、大音量で永ちゃんを聞きながら、カラオケで永ちゃんを歌い騒ぐ訳だが、何曲か歌うと「松山さん!この曲はマイクスタンド使って下さい!」と言われる。勿論この店には白いマイクスタンドがある。

矢沢ファンには、年末武道館に矢沢詣でをして一年を終えるというリズムがある。が、去年永ちゃん活動をしないとの事で、多くの永ちゃんファンは年末をどうするかで非常に困っていた。

で、娘のデビューについての会話は
「取りあえずgenerousでも見に行くか?少なくともミルク代は俺たちが払ってる訳だし・・・」
「そうだな~自分の子供とは言わないが、従兄弟みたいものだし・・・・」
「でも、絶対トラベリンバスは歌わないよな~~」
「は~っ」っとため息をつく。 

で、ドーム公演が決定直後の会話は
「ドーム埋まるのかな?」
「なんか特別な事やるんじゃない?」
「例えば・・・キャロルとか?」
「あるある!」

で、「ジョニー激やせ」のニュースを聞いたあとの会話は
「やっぱジョニーも永ちゃんに恥かかす訳にいかないからダイエットしてるじゃないの?」
「だよね~キャロルのコンセプト自体はジョニーのものだから、ジョニーのプライドが許さないだろうね」
「いや~楽しみ!」

で、ジョニー「クロコダイル」で復活ライブの写真を見て
「まだデブじゃん!」

で、「ルーザー」発売の会話は
「いや~俺は良くないと思うな~」
「う~~ん・・確かに後ろでなってるプニョプニョした音も格好悪いな~」
「でも曲調としてテイク・イット・タイムに似てて格好良くないか?」

で、「ロックンロール」発売後の会話は
「最高!!」
「でもさ~永ちゃんのファンって年寄り多いじゃん」
「ふむふむ」
「白地に銀文字の歌詞カードって老眼には辛くない?」
「確かに!!!!!」

で、待ちに待ったドーム公演。取れたチケットは2階席・・・・
あの曲が聞きたいとか、ゲストはジョン・マクフィーとウッチャンがいいとか、高中や高橋や後藤、木原や相沢も出て欲しいとか、今回のアルバムのメンバーでやるべきだとか、花火上げて欲しいとか、ビジョンは全面のデカイのが良いとか、希望は山程あったけど、今は元気でステージ立ってくれるだけでありがたいと思う。

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2009年7月13日 (月)

私はあまり勉強をしなかったので、歴史的事実とされる事はよく知らないのだが、マイケルが生きたのは、どんな時代だったのだろう?ジャクソン5がデビューした頃はまだ、公民権運動やらキング牧師が暗殺されてから間もない頃。どんな差別や偏見があったか解らないが、かなりヘビーな事だったのは想像出来る。
ジャクソン5はその時代、多くのヒット曲を持つ単なるファミリーバンドではなく、演説や政治的な活動ではなく、エンターテインメントの力で、人の心や時代のムードを変える事が出来た特別なバンドだったのだろう。そこでマイケルは少年期を過ごした事になる訳だ。

マイケルはジャクソンズになった頃から大人の声になってしまう。周りは子供の声だから商売になったと考える人がいただろうし、TVショウでジャネットがオプションで付いてきたりすると、ジャクソンズは子供のメンバーありきだったのかな?と思ったりする。伸びやかで美しく張りがあり、どこか哀愁のある声という楽器と、まだ体験した事のない恋の歌を歌う説得力を無くしてしまった事をマイケルはどう感じたのかな?均整の取れたバネのある体に成長した青年マイケルはオフザウォールって凄いアルバムを発表する。

その後、とてつもなく素晴らしいアルバムを作り続け、超人的なパフォーマンスを繰り広げ、賞賛と尊敬に値する事を知らない人はいないと思うのだが・・・・・残念な事にそうでもなかったりする。

追悼番組で裁判やら奇行の事を放送するのはいかがなものか?と思う。どうせなら「マイケルさんは亡くなった時にはズラをかぶっていました。私もズラなんでマイケルさんの気持ちは解ります。」と言ってズラを外すサービス位して欲しかったと思うのは私だけでしょうか?

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2009年7月 1日 (水)

マイケルジャクソンの存在を知ったのは小学5年か6年の時になる。当時、私はアメリカの人気テレビ番組パートリッジファミリーやオズモンドブラザースの世界感に憧れていた。1970年代のアメリカTVドラマは、ベトナム戦争、米ソ冷戦など多くの問題を抱えていたせいか「アメリカは自由で素晴らしく、人々は幸せに生きている」的なプロパガンダの為に作られていたような気がする。家族とバンドをやりたいとは思わなかったが、あんなドラマの中の家庭に生まれたかったと心の底から思っていた。

日本で家族のバンドなんてあり得ない!と思っていた時に登場したのがフィンガー5で、まあとにかく格好良かった。しかもボーカルの晃が同い年なのには驚き「もう床屋に行って刈り上げるのは嫌だ!」と真剣に思った。当時カラオケなどなくレコードに合わせて大声で個人授業を歌ってみたら変声期前だったので結構歌えて「私にも出来るのでは?」なんて思ったりしたが、フィンガー5がレコード大賞かなんかの賞を取った時に、徳倉俊一が「晃くんの天才的な声を聞いた時にマイケルジャクソンだと思った」的なコメントをしていて「あ〜やっぱり晃は天才で特別な人間なんだ〜」と思ったと同時にマイケルジャクソンに興味を持ち始めた。

よくラジオを聞いていたのでジャクソン5の存在は知っていたが、私の認識ではパートリッジファミリーやオズモンドブラザースやカーペンターズやらビージーズ、モンキーズ、ビーチボーイズも愛と平和の歌を歌う同じようなバンドだった。
1〜2年で私の興味の対象が「いかにもロック」的な物に変わっていき、このてのバンドは聞かなくなっていくのだが、ジャクソン5はディープパープルよりベースの音が大きくコピーしやすいという理由だけで聞き続けた。この頃初めて動くマイケルジャクソンをNHKで見た。「ベンのテーマ」だったと思う。

同じ頃、リバイバルで「小さな恋のメロディ」を観て感動したのだが、その時すでに、純粋で可愛らしいはずのトレーシーハイドが成長してエクソシストのリンダブレアーとあまり変わらない事に愕然とし、フィンガー5の晃も声変わりして、高音部分は兄の正男がファルセットで歌っていた。大人になることは残酷で厳しいものだと感じた。

マイケルジャクソンと関係ない話はまだまだ続く

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2009年6月16日 (火)

私は中学生の頃「傷だらけの天使」を夢中になって見ていた。興味の対象がゴジラや仮面ライダーからビートルズやストーンズに、欲しいものが十段変速の自転車からギターやアンプに、行動範囲が自転車で行ける所から、電車で行ける所に、見たいものが、おっぱいから、パンツの中の・・・
自分の中の感じ方や、価値が大きく変わって行く時期に見ていたので、非常に印象深く、自分の一部の様に感じてしまう。

初めて東京に来た時、このドラマの中でショーケンと水谷豊が暮らしていた代々木のビルを見学して、もの凄く興奮した事を今でも鮮明に覚えているのだが、もう30年前の事だったりする。で、このビル未だに存在していて、代々木駅前の一等地に廃墟の様に立っていて、前を通る時「たまらん〜たまらん〜」とか「夢の様〜な〜過去は〜消えてゆく〜」と条件反射の様に口ずさんでしまう昭和な私が存在する。

Angel_2最近このビルの前を通りかかった時、ネットに近々取り壊しと書いてあった事を思い出して、記念に写真を撮っていたら、知らないおっさんに「あんたもファン?」と声をかけられる。軽く雑談をして別れて、一階の営業している、そば屋さんの横で写真と撮っていると、このビルの関係者らしき人に声をかけられる。
「傷だらけの天使」のファンで、取り壊される前に記念撮影をしている事を説明すると、こんな話をしてくれた。

「いやね〜ファンの間じゃ、そんな話になってるらしいけど、二年前にネットに流れた事だろ?去年の夏位から世界中がどうかしちまっただろ?その影響で取り壊しも、立て直しも宙に浮いたままさ。今でも営業してる店が2軒、営業こそしてないが権利を売っていない店が数件。何しろここには地上げ屋が9軒も絡んでるから、まとまる話もまとまらないから〜しばらく取り壊しは無いから、安心して見に来なよ!」

色んな意味で安心出来る話ではないが「傷だらけの天使」の世界観に良く合う話で、カビと埃と下水の匂いがするなか、無人の店舗の中から黒電話のベルの音か響いていた。

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2008年12月28日 (日)

AiiijimaBIBI の歌詞を書く時に参考にしたのが、キャロルのファンキー・モンキー・ベイビーとルイジアンナ。それと飯島愛の「あの娘はハデ好き」だった。

この「あの娘はハデ好き」楽曲自体良く出来ていると思うし、アレンジが気が利いている。イントロのフレーズはアースのシング・ア・ソングそのままだけど「何故?この時期にこのアレンジをしたのか?」を考えると色々面白い。

ギルガメッシュないとで一緒に出ていた、細川ふみえは、石野卓球等の現役バリバリミュージシャンによる「当時の音」だったのに対して、「あの娘はハデ好き」は、優秀な職人的アレンジャーの元で「すでに懐かしい音」に仕上げてある。って言うか、この歌詞が、この曲とアレンジを要求した結果だと思う。

あの娘はハデ好き

あの娘はハデ好き 青山のマンション
だけど日曜の午後 電話が止まった

毎年ハワイに行く 彼女は小麦色
日本人らしくないね 金髪のロングへヤー

「遊びだけならば 都合がいいけど
恋人には出来ない」 彼氏が笑った

あの娘はハデ好き いつも厚化粧
だけど素顔が一番 輝いているよ

毎日朝は弱い 男にはもっと弱い
はやりものには敏感 お勉強とんちんかん

「遊びだけならば 都合がいいけど
親友にはなれない」 彼女が笑った

あの娘はハデ好き 友達がいっぱい
だけど入院した時 来たのはママだけ

あの娘はハデ好き ピンクのポルシェ
だけど日曜の午後 レンタカーかえした

あの娘はハデ好き 全身シャネル
だけど日曜の午後 質屋を出てきた

この曲の最後は、こう締めくくられる。
あの娘はハデ好き いつも楽しそう
だけどクリスマスの夜 寂しく過ごした
胸がキュンとなる歌詞だが、現実は残酷で厳し過ぎると思う。

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2008年12月22日 (月)

去年の今頃、正月休み中に「Pro Toolsをちゃんと使える様になろう!」と思っていたのだが、ラ・ママの件で、全く手が付けられなくて、その後も5月位まで、ラ・ママの修復にかかってしまい、夏は夏でクーラー屋は忙しく、手が付けられずにいたが、秋位からちょっとづつ手をつけだした。
Pro Tools自体を理解する事が重要なんだが、私には毎日気軽に音楽を作ったり出来る事が重要で、その為のシステム作りをちまちま始めた。

MBOX(←Pro Toolsのインターフェイスね)の入出力はCOAXIALとアナログ。
アナログでオーディオにつなぐと、些細な事だが、レコードを聞いた時に音が悪くなる。これが結構嫌な物で、かと言って、作業の度に差し替えは鬱陶しい。トーンアームの調子が良くないのでオーディオシステムは出来るだけそ〜〜っとしておきたい。

そうすると、オーディオとグランドを共有しない、OPTICALでつなぎたい。
家のシステムでCOAXIAL出力の有るものがCDプレーヤーのみで、入力は無し。MDは入力出力OPTICAL、アナログで、COAXIAL入出力無し。
A/Dコンバーターを買おうか?とも思ったのだが、MBOXの時点でデジタルになってる訳だから、COAXIAL〜OPTICALの変換にすればシステムを単純化出来てノイズ対策も出来る訳だ。

COAXIAL〜OPTICALの変換でどれ位の音質変化があるのか判らないが、値段、サイズ共にお手頃のフォステクスCOP-1/96Kを購入し、つないでみたら、問題解決。その他、ヴィジョン用にキューブを買ったり、もろもろの結線やらのやり直しをして一応のシステムが完成。

ず〜〜っとやりたかった過去の作品のデジタル化に手をつける。まだまだ判らない事のが圧倒的に多いのだが、カセットテープマスターの物でもPro Toolsはなんとかしてくれる事だけは判った。

近い将来、もう少しまともな音源をアップするつもりなので、待ってる方は気長に待ってて下さい。

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2008年6月30日 (月)

P私の使っているアナログプレーヤーがこれで→
殆どジャンクを自分で修理して使っているものなので、一度トーンアームだけでもオーバーホールに出したいと思っていた。しかし、その間レコードが聞けないのは辛いので、最終的にパーツの流用が出来る様なアームかプレーヤーを探していた。

するとオークションでこんな物が出ていた。↓
Op私の物とトーンアームがWE-308 SXからWE-308 NTに落ちるだけだ。「う〜〜ん・・・欲しい」しかし、私オークションやった事ないし、トーンアームは最終的に定価以上になる事が多く、正直手が出ない。
二束三文を修理して使う事も私の喜びであるので、価格4万は微妙だ・・・(オークションや店頭では普通な価格なのだが、リサイクルショップやジャンクで探すと半額以下で売っていることが、極々まれにある)

しかし、この機会を逃すのは惜しい、4万5千円位までならと思い、ライ・ダウンのケンちゃんに相談すると「Kariさん任せて下さい!」オークションを引き受けてくれた。
終了1時間前に入札者0で、これはもう手に入った位の感覚でドキドキしてたのだが、30分前に入札者が3人来て一気に5万越え・・・・・
入札する事もなく初オークション惨敗・・・・・SAECのトーンアーム復活を心の底から願った。

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